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記事一覧

撮影会無事に終了しました

お陰様で、本日はボンネットの撮影に絶好のコンディション、曇り条件での撮影会となりました。参加された方々は本当にラッキーだったと思います。 良い記録と記憶になれば幸いです。九州特急と常磐特急がメインの撮影会でしたが、定番になりつつあるボンネット内装着の電動ロール字幕の撮影も合わせて実施しました。有志の方からお預かりしています北陸特急のマークも、天日干しついでに設置させていただきました。次回は28日にな...

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撮影会準備 ~ヘッドマークが整いました~

いよいよ14日の土曜日に、「九州・常磐特急編」として、ボンネット撮影会を実施します。この撮影会を最後に、赤スカート時代の、いわゆる西日本特急限定の姿での展示は終了となります。481系の姿については、ボンネット型設計者の星 晃さんをリスペクトする為でもありました。20系特急「こだま」に始まり、ウィンカーランプを付けたクハ26に、パーラーカーのクロ151、ハチマキ帯のクハ161「とき」と、アイデアいっぱいに当時の少年...

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大糸北線の復旧と城端線開業100周年

今から20年前、北陸の鉄道には大きな事業が2つありました。いずれも地域にとって欠かせない存在という鉄道本来の役割に直結したイベントでした。その一つが、1996年の集中豪雨で途絶した、大糸線南小谷-小滝間の復旧でした。橋梁が数か所に渡り流失し、再起不能かと心配されましたが、1年半近くをかけて完全復旧させたのです。その際に運転されたのが、「オイラン列車」オヤ3113です。運転前日に糸魚川へ回送され、あのレンガ車庫...

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国鉄粟津駅の終焉

今日は小松駅のとなり、粟津駅までレール輸送の列車が走りました。といっても、5本の25メートルレールを輸送するだけでした。今年の輸送が少なくなってきた証拠で、ほぼメンテナンスが終了したということでしょう。毎年のこととして、冬季は北陸本線のレール交換作業はありません。 大体11月中旬までには終わってしまいます。そうすると、EF81の役割も無くなります。ここ数年は、毎年「これで見納め」と思いながらですが、複雑な...

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ネット記事でも配信していただいております。

これまでも、北國新聞社、北陸中日新聞社の両地元紙のご協力を賜り、紙面とネット記事にてご紹介いただきました。大きく反響をいただいているところです。加えて、この度Jタウンネットニュースにもご紹介いただいております。これを踏まえて、クラウドファンディングの新着情報にもリンクし、今回のプロジェクトの先を展望した内容を記載していますので、どうぞご期待下さいませ!クラウドファンディングの記事リンク...

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健在、関西の103系

大阪環状線からは撤退したものの、まだしぶとい103系。 ボンネット世代の車両としてこれからも頑張ってほしいと願っています。関西在住の頃、至る所で103系が見られましたし、当然乗る機会も多かったのですが、中でも爽快な爆音で走っていたのを思い出すのは、福知山線のカナリア色です。福知山線内では駅間も長くないのでそうでもないのですが、東海道本線、大阪を出発して尼崎までの約10キロが、この電車のフルパワーを感じまし...

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月光型?ゆうづる型?

581系特急「月光」「みどり」が運転開始されて、今月で50周年だそうです。この581系と583系は、今年引退するまで、昼夜を問わず走り続けた名車だった感があります。北陸デビューは「しらさぎ」で、昭和47年になりますが、以後平成24年の臨時きたぐにの消滅まで、定期的に見る事が出来ました。特に、昭和60年から平成23年までは、「食パン電車」と呼ばれた改造近郊型電車もあり、身近で考察の深い電車となりました。で、その考察面...

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1997年9月、高崎にて

碓氷峠廃止の年、9月。 あさまや白山の廃止を前にしたこの月に、高崎機関区を訪問する機会がありました。国鉄末期に全国から集められた機関車達で、高崎機関車館構想があった事を知る人は少ないと思います。何故高崎かというと、史実上は労働組合が絡んでいるようですが、日本の官設鉄道の電気機関車の歴史を辿ると、どうしても碓氷峠や信越本線に辿り着くからではないかと思うのです。JR化されて以降も、しばらく構想が白紙にな...

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撮影会準備 ~ワイパー変更しました~

10月14日、28日に開催予定の撮影会に備えて、本日は運転室のワイパー2本を、オリジナルWP50型アームから、強化型アームに変更いたしました。言われないと分からないレベルですけど、当会の物持ちの良さが功を奏して、何でも近づけたいとおもうわけです。作業時間約1時間でした。クハ481ボンネットの中では最もポピュラーなワイパー形状でしたが、現存車が489系を含めても4両しか居ませんで、このワイパーで展示されてる車両はあり...

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1997年9月30日

20年前、489系という系式の特急型電車を生んだ背景となった、信越本線の横川-軽井沢間、碓氷峠が廃止の日を迎えました。以後の489系は、編成美という点から金沢運転所所属車のみ4編成が残されましたが、それ以外は概ね485系と共用するという余生を送りました。クハ489-501の最終行程はどうだっかというと、福井行の「能登」で30日の朝を迎え、福井到着後に金沢へ回送されてそのまま運用終了となっています。 一番碓氷峠から影の...

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